
「ホテル・ムンバイ」は実際に起きたムンバイ同時多発テロにおいて攻撃の的となった場所の一つ、タージマハル・ホテルでの出来事を元に脚本が書かれました。
先日観た「Pressure」で監督・脚本を手掛けたA.マラスの作品です。ここでも同じく監督・脚本をこなしています。
ムンバイ同時多発テロは2008年に起き、また本作は2018年に公開となりました。
あらすじ
ストーリーはインドに入国したテロリスト集団が復讐のグループに分かれ、駅やカフェを攻撃する場面から始まります。そしてタージマハルホテルに観光客を装って入り、無差別殺人を始めます。
タージマハル・ホテルで働くアルジュンには身重の妻がおり、その日は遅刻して職場にやって来ます。しかも靴を忘れサンダル履きという始末。VIP接遇からは外されレストランのウエイターを任されます。
多額のチップを得るチャンスは失ったものの、料理長オベロイの「お客は神である」の指示に従い丁重に対応します。すると階下から銃声が響き、レストラン内にいる全員が身を伏せ息を呑むのでした。

赤ちゃんを連れて息を潜めるのってキツイ
一方、テロリスト達は皆、若者でした。彼等は「ブル」と呼ばれる人物の指示に従っています。ブルは彼等に「奪われたものを取り返せ。天国はお前達を待っている。」などと叱咤激励します。テロリスト達は水洗トイレを見たことがない、ピザなど食べたことのない、恐らく貧しい育ちの者達なのでしょう。

水洗トイレを初めて見るテロリスト 21世紀だよ?
インド国内だけでなく海外のメディアでも事件が報道されています。アルジュンの妻も不安気にTVで流れるニュースを見ています。インドの警察はホテルの前で様子を伺っていますが、同時多発テロであるため分散され、テロに対抗する力はありません。ニューデリーの国家保安警備隊を待つしかないのです。それでも4名の警察官がホテル内に侵入します。テロリストの一人イムランを負傷させることが出来ましたが、銃弾不足のためにあえなく撤退です。
オベロイは6階にあるチェンバーズ・ラウンジに客を非難させます。そこは一般客の入れない高級クラブであるため、出入り口が特殊な構造になっているのでした。しかし、ロシア人の富豪で元特殊部隊将校のゴルデツキーやデビッドの妻ザーラなど数名はオベロイに反発し、ラウンジを出ます。

客の命を守ろうと頑張るオベロイ
ブルは作戦の変更を命じました。人質を取れと言います。最初の人質は建築家のデビッドでした。その後、ゴルデツキーやザーラ達も捕らえられ一室にイムランの監視下、監禁されます。
怪我を負ったイムランは両親に電話をします。彼は父親にブルが約束した報酬を受け取ったか尋ねるのですが、父親の返事はNoでした。しかし父親は金の事より彼のことを何よりも心配しており、家族がどれだけ彼を愛しているかを伝えようとするのでした。

イムランは訓練として報酬付きで連れられたようです
ようやく国家保安警備隊も到着、突入作戦が開始されます。ブルはテロリスト達にホテルを焼き払うよう、イムランには人質を殺すよう命じるのでした。

人質達を前に夜明けの祈りを朗誦するイムラン
感想
約2時間の間、ひたすら緊張感が続くサスペンスドラマです。状況は違えど、この作品も「Pressure」のように時間との戦いが描かれます。
ここではブルを通して彼等の行為が宗教的信仰信念に基づくように描かれていますが、実際のところはインドーパキスタン間の政治的対立など複雑な事情も絡んでいます。
それでも、宗教は重要なポイントであることに変わりはありません。
ブルは彼等の行為を「ジハード」、聖戦として正当化します。
一方、アルジュンは敬虔なシーク教徒であり、頭には黒いターバンを巻いています。ラウンジに避難中、一人の女性客は彼のターバン姿と髭を怖がります。けれどアルジュンは女性客に近付き、ターバンは彼が子供の頃から外すことのない、勇気と誇りの証であると語ります。アルジュンの誠実な説得は女性客に伝わったのでした。ところが、別の女性客が負傷したのを見て、彼はターバンを外し止血に使います。確かにターバンは彼にとって信仰と誇りの証ですが、人命には代えられぬと判断したのでした。
ここがテロリスト達と比較されるところでしょう。信仰の下、無差別に人々の命を奪う理不尽さ。
また、同じイスラム教徒でもイムランの両親も信仰に対して誇りを抱いている様子が表れています。

怖がる女性客に自分の信条を語るアルジュン 如何にも偏見が多そうな女性
A.マラスは緊張感を描くのが得意な監督なのではと思います。しかし、ただ緊張感ある場面が続くだけでなく、強い心情的な場面もあります。
印象的だったのは、アルジュンが警備室の中で複数のモニターの中から、銃弾を受け事切れた様子の同僚を見つける場面でした。本来ならその日、アルジュンはそこで接遇し多額のチップを受け取る筈だったのです。しかし靴を忘れたばかりに彼はその役を外され、命拾いしたのでした。

モニターに映るのは...
また、ザーラは実はイスラム教徒でした。ブルの指示に従いイムランは人質達を一人づつ殺害してゆきます。ところがザーラの番が来た時、ザーラはイスラムの祈りを口ずさみ始めます。結局イムランは彼女の命を奪えませんでした。
同じ言語を話し同じ宗教を信仰する相手を殺すことが出来ない。それはイムラン自身の信条であるのか、イスラム教徒に共通するのかは分かりません。けれど、監督A.マラスがギリシャ系或いはキプロス系であることを考慮すると、それは監督自身の想いが反映されているのかなとも思うのです。ギリシャ人或いはキプロス系、若しくは東方教会の信者はその傾向があるように思われるからです。

イムランはザーラを撃つことに激しい躊躇いを感じます
映画の始まりはテロリスト達の描写でしたが、その後、身重の妻と別れ出勤するアルジュンが登場します。そして映画のラストは生き延びて妻と再会するアルジュンの姿となります。「Pressure」のスタッグとリズやん、と思ってしまいました。マラス監督、こういうのが好きなんでしょうか。

デヴィッド役のA.ハマー、ギャスパー・ウリエル、もしくはダン・スティーブンスにとても似ている?
デヴィッド役のA.ハマーについては良く知らないのですが、若くして亡くなったG.ウリエルと似ているなと。
A.マラス監督はオーストラリアで生まれ育ったキプロス系、或いはギリシャ系なのでしょう。だからなのか、映画の序盤で殺害されてしまう高齢の女性客がいきなりギリシャ語を喋るのにはびっくりしてしまいました。

ギリシャ人の方でした。可哀そう...
ホラー映画「トーク・トゥ・ミー」でもラストで唐突にギリシャ語が出てきましたからね。監督は恐らくキプロス系のフィリップウ兄弟。
こういうの、もっとあると楽しいかも(笑)
(実はワタクシ、ギリシャ語をネイティブレベルに話せるのです)